(オープニングジングル)
山田:
はじめまして、組織開発のファシリテーターをしています山田夏子です。今回よりお送りする「グラフィックファシリテーションとは」では、話し合いの様子を見える化するだけでなく、話し合いの質そのものを深める手段としてのグラフィックファシリテーションについて考えていきます。会議で新しい発想が生まれない、本音の議論ができない、深く問題の本質に迫る話し合いができないなどの課題を抱えた方に特にお勧めです。
初回なので、私の自己紹介から参ります。美術大学の彫刻学科を卒業したあと、クリエイターを養成するスクール、バンタンにて10数年働きました。スクールディレクターや学校長を行ない、その後、人事部にて人材育成や各スクールの組織開発、人材ビジネス部門でのキャリアカウンセラーやトレーナーなどを行ってきました。学生指導やクラス運営を行っていく中で気がついたことがあります。人の成長やパフォーマンスの発揮には、個人の能力も大事なんですけれども、それ以上に人と人との関係性が大きく影響しているのではないかと思ったのです。ここでいう関係性とは、単に表面的に仲がいいということではなく、言いにくいことを言い合える関係性ということです。これは卒業後、学生の就職先でも影響しているようでした。せっかく内定を勝ち取って行った就職先で、人間関係が原因でやめてしまったというケースを、繰り返し様々な卒業生から聞く中で、企業内の人間関係をどうにかすることはできないだろうか? そんな思いが湧き上がりました。
2008年、私はバンタンを退職し独立。株式会社しごと総合研究所という会社を設立しました。この会社は企業の組織内のチームビルディングや組織開発に携わる会社です。自然のフィールドを生かした体験学習のファシリテーションをしたり、インプロビゼーションなど、頭で理解するだけでなく実際の体験を通じて腑に落ちる学びを作ろうと、体験型のワークショップを展開したりしてきました。もともと大学で彫刻を学んだこともあり、設立当初は粘土を使ったチームビルディングやビジョン作り、言語を使わず粘土によってコミュニケーションを行うような、感性を開発するワークショップも展開していました。しかし、当時企業にとっては相当ぶっ飛んだプログラムに映っていたと思います。なかなか広まるところまではいかず、立体造形である粘土の3次元を、2次元のグラフィックにし、グラフィックファシリテーションとして日頃行われている会議を伴奏する形にすることで、少しずつ企業の中でも馴染んでくれるようになりました。
2017年からの一年間、NHK総合の『週刊ニュース深読み』という番組にて、グラフィックファシリテーターとしてレギュラー出演させていただくことで、少しずつグラフィックファシリテーションの存在が世の中に認知されていきました。これまでに携わった組織は950社以上。グラフィックファシリテーションを実践できる方を増やそうと、養成講座を開催し、今では2000人以上の方が受講してくださっています。2020年には、世界的に認められているスクライビングの実践者であるケルビー・バードさんが書いた『場から未来を描き出す――対話を育む「スクライビング」5つの実践』という本を監訳させていただきました。2021年7月には、自分の本である『グラフィックファシリテーションの教科書』を出版しました。
まず、初回はグラフィックファシリテーションとは何かと、いうところから解説していきます。グラフィックファシリテーションとは、話し合いの活性化と参加者の主体性を育むことを目的とした「議論の見える化」です。そして「議論を見える化」することで、対話の次元に深めていきます。難しい表現ですよね。もう少し具体的にお伝えすると、言葉では伝えきれていなかったり、表しきれない想いや情感、雰囲気を、絵や色を使って見える化して行きます。絵や色にすることで、本人もまだクリアには気がついていなかった本音を引き出し、共感を生み、主体的な合意形成を目指します。とかく早く結論を出さなきゃ、結果を出さなきゃ、前に進めなきゃ、と焦る会議の場面が多いと思うのですが、改めて会議の参加者1人1人が、自分の胸に手を当ててお互いの意見の違いの背景にあるものを理解し合い、深い納得のある場を作り出す、こういうことをやろうとしています。そんな魔法みたいなことが、絵や色を加えるだけで本当にできるの? と思われると思います。この辺りを全6回の、特に前半でお話できればと思っています。
さて、グラフィックファシリテーションに近い活動として、グラフィックレコーディングというものがあります。 最近この2つの活動についての違いを質問されることも多いので、まずはここからお話をさせてください。話し合いを同時進行で絵と文字で書いている姿はまったく同じなので、何が違うか分かりにくいですし、書き手によっては両方意識されている方もいらっしゃるので、説明が難しいところでもあるのですが、何が違うのかと言ったら、書き手の目的の軸足の違い。そんな風に表現してみたいと思います。グラフィックでレコーディングするのとファシリテーションするのと、どっちに重きをおいて、それを軸足にするか。それによって、その場ですくい上げられる書くものが変わってくる、と言ったらいいでしょうか。正直言葉の定義は、もうどうでもいいんじゃないかと私は思ってたりするんですけれども、ごく荒くお伝えをすると、グラフィックレコーディングとはレコーディングなので、レコード=記録に重きが置かれます。絵議事録のように、その場で話されたことをわかりやすく、きれいにまとめる。成果物は書き上げた絵、すなわちグラフィックであり、そこで話されたことを要約するとか、編集する、いわばデザインの要素が強いかなと思います。それに対してグラフィックファシリテーションとは、ファシリテーション=直訳すると促進するなので、参加者が目的に向けて、いかに主体的になれるか、活性化できるか、そこを促進していくものなんです。成果物は絵ではなく、この場であり、どれくらいこの場が目的に向けて主体的になれて、活性化したかが重要です。
すでに言語化されているものを要約して書いていくというよりは、参加者のまだ意識の上には上がってきていない、言葉になり切れてない潜在的な感覚をあぶりだしたり、本音を引き出して行く事に軸足があり、これはいわばアートの要素が強いのかなと思っています。そういう意味ではグラフィックファシリテーションが活用されるシーンとしては、より話し合いのプロセスに作用して行くので、話を参加者が自分ごと化して拡散させていく、そういう場面に向いていると言えます。
もしかしたら自分は絵が上手くないからなあ、と考える方もいるかもしれませんが、絵がうまい必要は全くありません。線や丸が描ければ充分です。グラフィックファシリテーションは、話し合いの結果を形にまとめるものではなく、話し合いのプロセスに寄り添うものです。うまくきれいに書くことよりも、話し手がまだ頭の中で中途半端な状態だったとしても、声に出してもいいんだと思えるように寄り添って描くことが重要です。そうやって寄り添い、描き出すことで、結果を出す事に急ぐのではなく、それぞれの声に立ち止まり、相手に思いを馳せることができる。ここにこそ、大きな意味があります。書き慣れた人のさらりと描いたキャラクター化された絵よりも、その組織に思いを持った人が描く、震える線や棒人間の方が、よほど人の心を掴みます。また話し手に、書き手の意識や在り方って伝わってしまうんですよね。なので、書き手がきちんときれいに書かなきゃと思って書くと、話し手もきちんとしたこと言わなきゃ、ちゃんと分かりやすく話さなきゃ、という風に意識が入ってしまい、話の本質とは違うところに気持ちが取られてしまったりするのです。グラフィックファシリテーションは、中途半端でも吐き出していいんだと思える、鼻がむずむずした時に思い切って鼻がかめるように受け止める鼻紙みたいな、そんな存在でいいんじゃないかなと思うのです。
以上を踏まえて全6回の講義では、グラフィックによってファシリテーションをすることで何が変わるのか、言葉にならないものを可視化するとはどういうことなのか、オンラインでの効果、ファシリテーションする上で大切なこと、これらについてお話をして行きます。以上、山田夏子でした。
(以上書き起こし終了)
「グラフィックファシリテーションとは」 全6話 60min
1. グラフィックファシリテーションとは何
2. グラフィックファシリテーションで何が変わるか
3. 話し合いを描く前に抑えておきたい大切なこと
4. 言葉にならないものを可視化する
5. オンラインでの効果
6. ファシリテーションで大切なこと
山田夏子
武蔵野美術大学造形学部卒業。バンタンにてスクールディレクターや校長などを歴任、2008年に独立。しごと総合研究所を設立し、グラフィックファシリテーションや粘土によるクレイワークを応用した「組織開発」事業を展開。NHK総合のテレビ番組内でもグラフィックファシリテーションを実施。育成講座は延べ2000人が受講。さまざまな形で深い理解を育む対話の支援をしている。2021年7月『グラフィックファシリテーションの教科書』を出版。