【書き起こし】 高橋祥子さん『生命科学思考』を語る

プロから直接学べる音声メディアVOOX。10分×全6回のコースのうちの、1エピソードを完全書き起こしで紹介。生命科学者の高橋祥子さんが主張している『生命科学的思考』とはどういうことか、それを知ることでどのようにビジネスさらに人生に活かせるかについて解説します。

(オープニングジングル)

高橋:

皆さんはじめまして、ジーンクエスト代表取締役の高橋祥子と申します。今回よりお送りする「生命科学的思考」を語るでは、NewsPicksパブリッシングから2021年1月に発売した私の著書『ビジネスと人生の見え方が一変する生命科学的思考』について語っていきます。

まず初回ですので、私の自己紹介をさせていただきたいと思います。現在はジーンクエストという会社を経営してまして、ジーンクエストというのは、個人向けの遺伝子解析サービスを提供する会社です。私がジーンクエストを立ち上げたのは2013年なんですけれども、私自身、東京大学の大学院で遺伝子の研究をしておりまして、生活習慣病を予防するメカニズムの研究を行っていました。その研究室のメンバーで立ち上げた会社がジーンクエストとなっていますけれども、今ある最新の研究成果を社会に実装して提供していくということで、自分の病気のリスクを事前に知って予防していく。一方で、そのサービスを受ける人が広まれば広まるほど、結果的にデータも集まって研究も進んでいく。そういった、研究と事業のシナジーを大きく回すような仕組みを作りたくてですね、研究者であった私が起業して、サービスを提供しているというところです。


病院には病気の人しかいない

今、遺伝子という事業を扱っていますけれども、私がこの生命科学に興味をおぼえたのは小さい頃からの環境が影響しています。というのもですね、私の家族に医師が多いんですね。まあ医師、研究者。私の父親も医師で、姉も叔父もおじいさんも、そのまたおじいさんも全員お医者さんという家系で育ちまして、最初に進路を考えたのが、まずお医者さんになるかならないか、というその2択から考え始めたんですね。私と姉が父親の病院に見学に行きまして、初めて医師になるとはどういうことかっていうのを考えたんですね。私は病院に行って、非常に違和感を覚えたのはですね、病院には病気の人しかいないんですね。当たり前なんですけど、病気の人、また怪我した人しかいなくって。私はそこに非常に違和感を感じまして、病気になった後で治療するのも素晴らしいお仕事なんですけれども、私はそもそもなんで病気になるのかなとか、病気になる前に何とかできないのかなっていうところを、より幅広く研究して行きたいという気持ちが芽生えたんですね。その日、一緒に見学に行った姉は医者になったんですけど、私は医者にならずに病気の予防というところを、生命科学的な観点から研究するという道に進みました。

実際、大学で研究を始めてからですね、非常にのめり込みまして、病気になってから治療するのではなく病気になる前に予防するという、その予防のメカニズムを研究していたんですけれども、その研究の課題を、問いを設定して、仮説検証のサイクルを回して、新しい発見をして社会に発信していく。その一連の流れが天職なんじゃないかなと思って、ずっと研究者として大学に残って研究を続けていこうと思ったんですね。

ただ、やはりその研究成果を社会実装していくのは誰かということを考えたときに、やはりサイエンスの中だけに閉じるのではなくて、サイエンスを実際社会実装していって、サービスとして世の中に出していくというところがまだ足りない部分だなと思いましたので、手段として起業したという経緯です。ですので、私の専門は生命科学、特に遺伝子、ゲノムといったところを専門に、ずっと研究とビジネスを取り組んできているというバックグラウンドがあります。


遺伝子を知って遺伝子に歯向かう

今回からお話ししていく「生命科学的思考」ですけれども、私が実際起業して会社経営をしている中で気づいたのがですね、人生や組織のマネジメントと、研究者として解明してきた生命のしくみには非常に共通点が多いということでした。ですので、その生命の原理原則を知って応用すれば、個人の生き方ですとか、組織における円滑なコミュニケーションですとか、あとは人類全体の課題解決のヒントに繋がるんじゃないかと考えています。

さて、「生命科学的思考」はいったい何かと言いますと、生命科学の原理原則を知って応用するということなんですけれども、1980年代にですね、イギリス人の動物学者のリチャードドーキンスという方が『利己的な遺伝子』という本を出版してですね、こちらの本が世界中で話題になりました。この『利己的な遺伝子』というのは、すべての生物は遺伝子を運ぶための生物機械にすぎない、という主張ですね。私たちの日々の行動ですとか、生命の仕組みというのは、すべて遺伝子を残すために定義づけられているということを述べて、非常に衝撃を与えたということなんですね。

ただ、このリチャードドーキンスが最後に一文だけ言ってるんですけれども、それは「私たちには創造主に歯向かう力がある」。創造主というのは遺伝子ですね。遺伝子に歯向かう力があると。この地球上で唯一私たちだけが、利己的な遺伝子たちの専制支配に反逆できるのだ、という一文を書いてるんですね。これは何かと言うと、私たち「人」は「人」について研究しているので、遺伝子が何か、遺伝子によってどういう影響がもたらされるかというのを解っているわけですね。なので、遺伝子の仕組みを知った上で、その遺伝子の本能にとらわれるだけではない行動をとることができる、という意味なんですね。

私はこの「遺伝子を知って遺伝子に歯向かう」というのが大事な考え方だと思っています。生命原則というのは、まず生物が個体として生き残って、その次に種として繁栄するというために、すべての行動が定義されているというのが生命原則ですね。私たちが朝起きて、お腹がすいてご飯を食べて、人と一緒に集団行動をとって、また眠くなって寝るというような、すべての欲求とか行動というのが、この個体として生き残って、種として繁栄していくためにすべて定義づけられています。

例えば一つ、食欲をとってもですね、少しカロリー制限をした方がもっとも寿命が伸びてもっとも健康的に生きられるということが分っています。その原則を知った上で、私たちはこの食欲という本能にまかせて暴飲暴食するのではなくて、健康のためにちょっと腹八分目にしようか、ということができるわけなんですね。ただ単に遺伝子に翻弄されるというだけでなく、その遺伝子に刻まれている生命原則の仕組みを知った上で、じゃあ自分がどうしたいのかという、どういう未来に行きたいのかという主観的なテーマを設計して、そのために、理性を持って行動できるというのが、私は人間の特徴だと思っています。

それは、例えば今、食欲の例をとりましたけれども、資本主義の世界もそうなんですね。資本主義の世界というのは、人々が欲求のままに消費行動すれば、最も均衡が取れるという原則に基づいていますけれども、ただ、その資本主義は加速するだけだと、例えば地球環境が危ないとか、貧富の差が激しくなってしまうとか、そういった問題が起こるわけなんですよね。なので、私たちが欲求だけにとらわれて行動するのではなくて、環境のためにいいことをしながら経済活動を動かそうとか、貧富の差を解消しながら経営をしていこうとかっていうことができるわけなんですね。なので「生命科学的思考」、いわゆる生命原則を客観的に理解した上で、じゃあ自分はどうしたいのか、という主観的な意志を生かすというのが、「生命科学的思考」と私は呼んでまして、この意志こそが人類にとって唯一の希望であると考えています。これを踏まえて、次回からビジネスだけではなく、人生に活かせる「生命科学的思考」についてお話しして行きたいと思います以上、高橋祥子でした。

(以上、書き起こし終了)

『生命科学思考』を語る 全6話 60min

1.生命科学的思考とは

2. なぜ生命科学的思考は人生に有用か

3. ヒトの視野が狭いのは個体生存戦略のため

4. 多様性の本質は同質性

5. 社会の分断には利他的な視野で乗り越える

6. withウイルスの時代における生命科学的思考とは

高橋祥子

京都大学農学部卒業。2013年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月、博士課程修了。生活習慣病など疾患のリスクや体質の特徴など約300項目におよぶ遺伝子を調べ、病気や形質に関係する遺伝子をチェックできるベンチャービジネスを展開する。

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